ライナーノーツ by 安田謙一(ロック漫筆)

黄泉の国からのメッセージ・ソング
帰ってきたヨッパライが帰ってきた。
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安田謙一(ロック漫筆)
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_坂本慎太郎の新しいアルバムについてあらかじめ知っていたことがひとつあった。
_スチール・ギターを購入し、練習している、と彼から聞かされていた。
_音より先に、ラップ・スチール・ギターを文字通り膝(lap)において撮影された写
真が発表された。エレキギターを持つロッカーはときにライフルを構えるようなポーズを
取るが、膝のうえのスチール・ギターは子供のように見える。晴れの日の記念撮影のよう
だ。アルバムのカヴァーでもこの写真の構図が利用されている。ただし、坂本慎太郎の顔
は髑髏になっている。
_一曲目、「未来の子守唄」はこれまでにも幾度か坂本慎太郎の曲に登場している中村楓
子が歌っている。涼しい歌声によって寓話的な言葉が脳内で手塚治虫のSFまんがの吹き
出しに変換される。ねちっこいギロの音とともに「スーパーカルト誕生」がはじまる。ム
ード歌謡のようなイントロに、地獄の釜が開く、そんな言葉と画(え)が浮かぶ。啓示的
な歌詞が、まだSFまんがを描いていたころの山上たつひこのまんがのト書きのように頭
に入ってくる。この曲は英国のプロデューサー、ジョー・ミークが60年代のはじめに作っ
た「アイ・ヒア・ア・ニュー・ワールド」を下敷きにしている。と、言い切ってもバチは
当たらないだろう。思えば『幻とのつきあい方』収録の「思い出が消えてゆく」は予告編
みたいなものだった。
_歌をかけあう変調された声が次第にフォーク・クルセダーズ「帰って来たヨッパライ」
とダブってきた。こいつはまるで黄泉の国からのメッセージ・ソングだ。
_これまで感覚に鋭く訴えかけてきた坂本慎太郎の歌詞が、このアルバムでは極めて現実
に向きあったものになっている。ヨッパライ。そうだ。スチール・ギターの音色は聴き手
を酩酊に誘う。陶酔というより酩酊に近い、日常と隣りあわせのトリップ感。気心の知れ
た友だちと酒を呑みながらのバカ話、その合間にふと始める真面目な話のようでもある。
最初のほうで言葉は、いくばくかの抽象性を秘めているものの、「あなたもロボットにな
れる」に出てくる“日本”に、ぎょっとさせられる。
_「あなたもロボットになれる」あるいは「スーパーカルト誕生」というタイトルは、
1970年大阪万博前後の少年マガジンの石原豪人や小松崎茂らが絵物語を描いたグラビア記
事を連想させる。公害地獄のあの頃と40数年後の現代はなんだかとてもよく似ている。大
きな違いは、いま、オトナがコドモたちに未来を語ることを迷っていることだ。
_曲ごとに少しずつスピードを増していく。スピードだけではなく、「めちゃくちゃ悪い
男」で禁欲的にエイトビートを刻んでいたドラムスが、「ナマで踊ろう」で解放されたか
のようにハネてゆく。歌詞と歌詞とが化学反応を起こす。「もうやめた」の諦観が数分後、
思い出したように「やめられないなぜか」でひっくり返されるカタルシス。聴けば聴くほ
どアルバムの完璧なフォルムにため息が出る。
_何を歌っても気持ちがいい坂本慎太郎の歌が、スチール・ギターの力を借りて、いつも
以上に心地よく酔わせてくれる。その歌声は言葉から重力を奪い去る。千鳥足はダンスへ
と変わる。歩くように踊って家に帰る。
_次の朝。脱ぎっぱなしで裏がえったズボンのポケットからぽろぽろと意味が出てきた。